今日は何の日? 記念日を掘り下げてみる。

単なる語呂合わせだったり、深~い意味があったり。掘り下げてみると面白い♪

5月28日 ― 阿部 定〔あべ・さだ〕の誕生日(明治38年)

 

阿部 定〔あべ・さだ〕事件

1936年5月18日(昭和11年5月18日)

 

   f:id:snarts2651:20150528160658j:plain

事件前の阿部 定。とても上品で美しい。見かけにダマされる気持ちも分かるような・・・。

 

 

東京市荒川区尾久の待合で性交中に愛人の首を絞めて殺害した後、遺体から男性器を切断し、懐に忍ばせて持ち去ったという、猟奇的な殺人事件の犯人。彼を一人占めにしたいという欲望を満たすための行動だったと逮捕後に述懐している。

 

待合(まちあい)は、待ち合わせや会合のための場所を提供する貸席業のこと。芸妓との遊興や飲食を目的として利用された。京都でお茶屋と呼ばれる業態に相当する。
今日ではほとんど死語であるが、法律用語に残っており、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律第2条第1項第2号に「待合、料理店、カフェーその他設備を設けて客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」という規定がある。

出典 Wikipedia

 

 

阿部 定、逮捕

 

5月20日。

阿部定は吉蔵を殺害した後、品川駅近くの旅館・品川館に『大和田 直』という偽名を使って宿泊していた。

 

本庁に問い合わせても『大和田 直』の身元の確認が取れなかったため、偽名ではないかと疑いを持った高輪署の安藤刑事らは、品川館へ聴き込みに訪れた。

 

警察を名乗り、部屋の扉を開けると、『大和田 直』はビールを飲んでいた。

 

捜索に来た刑事に向かって彼女は、自分が阿部定だと名乗る。ふざけているのかと切り返す警察に対し彼女は、証拠とばかりに、雑誌の表紙に包まれた吉蔵のペニスと睾丸を懐から取り出して刑事に見せた。

う"わっ?!

切断された性器を見て、刑事たちは驚きの声を上げた。阿部定は他にも、吉蔵の下着や包丁も所持していた。

 

 

逮捕後


阿部定には精神鑑定が行われた。鑑定を担当した東大教授・松村常雄教授(当時)は、彼女の男性遍歴および種々の資料から、阿部定を先天的な淫乱症であると判断した。

 

彼女は、性器を切断したことについて、こう語っている。

 

 私の肌身離さず持っていたかったんです。
 一番かわいい大事なものですから。

 

 

 

これを聞いただけでも管理人は吐きそうである。

 

 

その後

 

殺人現場となった旅館・満佐喜〔まさき〕と、逮捕劇の舞台となった旅館・品川館には連日 多くの見物客が集まり、大繁盛となった。

 

旅館・満佐喜では、問題のあった『例の部屋』に吉蔵と定の写真を飾り、品川館では旅館の主人が当時の阿部定を連日 詳しく説明するというサービスを徹底したらしい。

 

 

事件・逮捕の翌年

 

昭和12年。

阿部定には懲役6年の判決が下され、栃木刑務所に収容された。刑務所内での彼女は実に模範的であった。

 

美しくも猟奇的な殺人犯として世間を騒がせた人気のためか、結婚を申し入れる手紙が400通以上、また映画会社からのスカウトも来たという。

 

 

出所、結婚、その後

 

恩赦により減刑となった阿部定は、5年の刑期の後、昭和16年に出所する。

 

刑務所側の配慮により出所後は『吉井昌子』と名乗り、正体を知られることなく社会復帰を果たし、結婚する。

 

しかし終戦後、新聞記者の取材に応じたことにより過去の罪が夫の知るところとなり、平和な結婚生活は破綻する。そしてその後は一人で全国を転々とした。

 

千葉県市原市のホテルで女中として働いていたのを最後に、昭和46年、置き手紙を残して消息を絶つ。以後、行方を知る者はいない。

 

 

 

上野動物園クロヒョウ脱走事件』『2・26事件』と併せて、『昭和11年の三大事件』と言われている。