今日は何の日? 記念日を掘り下げてみる。

単なる語呂合わせだったり、深~い意味があったり。掘り下げてみると面白い♪

6月3日 ― 今日は何の日?

 

雲仙普賢岳 火砕流発生

1991年(平成3年)6月3日

1998年(平成10年)~ 雲仙普賢岳祈りの日―長崎県島原市が実施

 

1991年(平成3年)6月3日、雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生した。この火砕流と、それに伴う熱風(火砕サージ)により、森林、家屋、農耕地などが広範囲にわたって損壊、焼失。避難勧告地区内で警戒中の消防団員、警察官、また取材中の報道関係者等が巻き込まれる大惨事となる。死者・行方不明者は計44名に及んだ。 

www.youtube.com

 

消防団員の方が全身真っ黒になるほどの熱傷を受けて歩いている衝撃の映像をごらんになった方もあると思う。

 ※ 現在では(ほぼ)全ての動画が削除されていて見ることはできない。

消防団員さんは、触れただけで何もかもが燃え上がるような熱気に全身を包まれた。全身に熱傷を受けただけではなく、熱気を吸い込んだことにより、激しい気道熱傷にもなっていたことだろう。このときの苦痛を思うと、言葉にならない。

全身熱傷と気道熱傷。これらは、たとえ早期に適切な処置が行なわれたとしても、救命が困難な場合がほとんど。

 

この火砕流の報道に関しては、マスコミの民家への不法侵入などが目立ち、大きな社会問題となった。

 

ある手記。(出典 消防防災博物館

まさかの噴火-「雲仙・普賢岳 噴火災害を体験して」より-

2大惨事発生
なぜ消防団が犠牲に

土石流の危険がなくなったということで、5月26日から出ていた避難勧告が上木場地区を除いて6月1日にはいったん解除されました。この日までは消防団も安全な白谷の公民館で連日警戒活動に当たっていました。
この間、一部の報道関係者が留守宅の電気や電話を無断で使用するという事件が発覚しました。

マスコミは、当時、火砕流がもっともよく見える北上木場地区の「定点」といわれた場所で、火砕流の迫真の映像を撮影しようと毎日のように取材を行っていました。この「定点」を含む地域一帯はすでに避難勧告地域に指定され、住民は全員避難していて、住宅には誰もいませんでした。報道関係者は、この無人となった家に上がり込み、テレビカメラのためにコンセントから無断で電源を盗用しました。このため消防団は、土石流の警戒に加え事件の再発を防ぐ目的もあって翌2日には再びこの「定点」の近くの北上木場農業研修所に警戒本部を設けることにしました。そして6月3日の夕方4時8分、それまでにない大規模な火砕流が発生し、この「定点」付近にいた人たちを一瞬のうちに飲み込みました。
亡くなった12人の消防団員のほとんどは、農家の大切な跡取り息子たちでした。彼らを失ってしまったために、遺族の生活再建や地域の復興は困難を極めました。
この惨事の後、マスコミは地元住民から痛烈な非難を受けることになりました。他方、当時、その場所が本当に危険な状況であったのなら、なぜ、もっとはっきり警告しなかったのか、また強力な規制がなぜできなかったのかなどを指摘する人もいました。さらに消防団の指揮命令系統のあり方にも大きな課題を残しました。

 

 マスコミは・・・

 

2011年6月5日に雲仙市で開かれた「2011雲仙集会」(新聞労連、長崎マスコミ・文化共闘会議など主催)の中で、日本テレビの谷原和憲映像取材部長は「土石流撮影用の無人カメラを設置するため、外に電源があった家から電気を引いた。住んでいる人の許可を得ようと断り書きのメモを置き、避難所を探し回ったが、見つけられなかった」と弁解し、「住民に『マスコミがいるから安全』との誤解を与え、消防団に『報道陣よりも後ろにいては地域の安全は守れない』と思わせたことなどが、犠牲者を増やす結果になった」と謝罪した。(長崎新聞2011年6月6日付)

出典 Wikipedia

 

1つの天災を取り巻く多くの問題。それらのほとんどは、後々まで住民を苦しめ続けていくのだ・・・。

 

この火砕流により尊い命を落とされた方々のご冥福を、またご遺族の方々の幸せな暮らしを、心よりお祈りいたします。

 

 

測量の日

1989年、建設省(現在の国土交通省国土地理院等が制定

 

1949年6月3日、『測量法』が公布された。測量・地図に対する理解・関心を深めてもらうことを目的としているらしい。

 

こんなイベントも開催されるらしいよ♪

 ↓↓

測量の日』特別企画 ~遊んで学んで地図と測量の世界2015~(入場無料)

詳しくは http://www.gsi.go.jp/common/000103507.pdf

 

 

現在の測量法は昭和24年6月3日(法律第188号)に制定されました。満40年となった平成元年に、当時の建設省の主唱で6月3日を「測量の日」ときめました。

  • なぜ? 測量・地図を多くの人に知って頂くために

測量は国土の利用、社会資本の整備等国民生活の安全性・快適性の向上に重要な役割を果たしてきましたが、測量についての国民の認識や社会的評価が必ずしも高いとはいえず、測量成果が不適切に扱われている問題も生じていました。
そのような状況の中で、国民に対し、測量における知識の普及・啓発を図るため「測量の日」が設けられました。

  • いつから? 平成元年から

私達の生活に必要不可欠である測量の意義・重要性について、国民の理解と関心を一層高めることを目的に、国の機関や関係団体が関係機関の協力を得て、平成元年から毎年「測量の日」を中心に、全国各地で各種行事等の活動を行っています。

出典 関東地方測量部 測量の日のページ|国土地理院

 

 

ムーミンの日(旧)

※ 現在は8月9日

トーベ・ヤンソン作の『ムーミン』を愛する日本のファンらによって制定された。『ムー(6)ミン(3)』の語呂合わせ。

  

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2005年、ムーミン誕生60周年を記念し、『全世界で通用する記念日を』ということで、作者のトーベ・ヤンソン氏の誕生日である8月9日に改められた。なるほど、『ムー(6)ミン(3)』だと日本だけの文化になっちゃうもんね。


公式サイト ムーミン公式サイト - Moomin Characters Official Website



 

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